壁画プロジェクト@イタリア地域精神医療
Una relazione del progetto di Murales con gli ospiti alla cooperativa sociale "le vele", una Comunita' Protetta ad Alta Assistenza per pazienti con disturbi psichiatrici in zona l'Adda di Milano, Italia.
2019年5月、ミラノ郊外アッダ川流域にある地域精神医療の共同体”le vele(ヨット)”を訪問。現地で長年 美術療法を実践しているサビーナの案内で、彼女がここ数ヵ月挑んでいる壁画プロジェクトを見学、入居者たちと交流しました。
世界で初めて精神病院をなくした国イタリアでは、地域が患者を支え、自立支援を行っています。60年代から脱施設化を目指し、入院治療から地域精神医療へ徐々に移行しました。
1978年 トリエステの医師バザーリアによってもたらされた精神医療改革を機に、精神病院を閉鎖。地域医療事業体(ASL)が管轄する精神保健センター(Centro Psico Sociale)を通して、各ニーズに合わせた治療の具体的提案がなされています。地域の公立総合病院内にある精神科入院病棟、デイセンターのような生活/就労訓練施設、グループホームの居住施設など、患者のニーズと重症度に合わせ、専門家と家族が相談しながら地域での治療場所と方法を決めます。
今回訪問した"le vele”社会協同組合は、精神疾患者のための治療と生活就労訓練の共同体であり、重度/中度/軽度の保護に分けられた3つの施設を地域で運営しています。
その主な1つ"Comunità La Nostra Locanda"と名付けられた共同体。日のよく当たるバルコニーがある一見普通のアパートメント。もとはパブ付きの宿泊施設として使われていた建物だそうです。風通しのよい空間が印象的なこちらでは、24時間保護下の重度患者のためのカウンセリングやセラピー、就労訓練や文化活動が行われており、上階はグループホームとしての居住空間になっています。約20名程の比較的若い35歳以下の男女が入居しており、滞在期限は最長6年間とのこと。24時間保護下とはいえ、玄関や門はオープン、自由で開放的な雰囲気。
この建物の裏には、軽度保護下の利用者が生活訓練するシェアアパートがあり、また隣町には”Comunità Villa Gatta”と呼ばれる中年から高齢の利用者向けの共同体もあります。私立の社会協同組合ですが、資金の大半は公的な助成金で運営されているそうです。
今回、お話を伺ったオペレーター達。右は今回案内してくれた美術療法士のサビーナ、左手前は心理療法士のコーディネーター、左奥は精神科医。
障害や病気の状況のみならず、性格や生まれ育った背景を含めた入居者同士の相性によって、人間関係や雰囲気が変化し続けるとのこと。運営で最も難しい点は、各自が違う状況の中で、共同体として共通のプログラムを作っていくことだそうです。
基本的には、午前中に精神科医や心理療法士とのカウンセリング、多様な就労訓練、午後には美術療法や音楽などの文化活動とスポーツ、定期的にショッピングや映画館での鑑賞、山登りなどのアクティビティーも企画されます。
あくまでも治療の最終目標は、「自分の家で暮らし、地域という社会に参加すること」。イタリアでも60年以上前は、現在の日本のように「危険だから隔離する」「薬で鎮め、いつ家に帰れるかわからない入院」のような、治療とは乖離した状況があったとのこと。
ここでは、入居者達と専門家/オペレーター達のフラットな関係が感じられます。
今回の訪問の目的でもある美術療法のプロジェクトや作品を見学。毎週月曜の午後、サビーナのもと入居者が自分と向き合うための制作が行われています。自分の興味や好奇心を掘り下げながら、手を動かし、作品として仕上げるプロセスを大事にしています。
そんな中、ここ数ヶ月、任意の参加者達が挑んでいる壁画プロジェクト。グラフィティアーティストでもある入居者のレオ(上の写真、左上が彼の作品の一部)の意向で、敷地内の灰色の壁に大きな絵を描くプロジェクトがサビーナの監修のもと始まりました。
まずはレオがスケッチを重ね、仲間が常に目にする"le vele"の壁にふさわしいイメージを提案。彼の情熱が、他の仲間の制作参加を促しました。詩人のマルコのポエムも加わり、役割分担で協働のイメージを固めていきます。
個人で完結する作品と違い、壁画はパブリックな場に長く残るため、施設や近隣の同意が必要になります。企画書を作ってコンセンサスをとり、まずは絵を描くための壁の下処理からスタート。ここまででかなり長い時間を要したとのこと。その後も、紆余曲折が続きました。
今までは個人的な作品に終始していた制作が、よりパブリックな視点に晒されます。大きなスケールの作品を仕上げる責任感、役割分担や協働のストレス。作業の途中で突然消えてしまったり、不安定になる参加者。制作のモチベーションを保つことは容易ではありませんでした。
実際に絵を描くプロセスでは、レオの希望でエナメル塗料スプレーを使用するためにステンシルで型を作ったり、雨が降り続けて作業がキャンセルになる日々も。
同じ壁画でも、人目を避けて夜中に描くストリートアートとは全く違う行程。
何度もディスカッションを重ねるレオとサビーナ。
一緒にコラボレーションする人もいれば、近くのテラスから冷笑的に見つめるだけの人も。参加はあくまで強制ではなく、個人の主体性に任せています。
入居者の詩人マルコが、「"le vele(ヨット)"という共同体の旅」を詩に託しました。
マルコは詩集も出版しており、詩が彼にとって欠かせないコミュニケーション手段となっています。彼が詩を読み上げ、参加者が協働でカリグラフィーを仕上げます。
もう完成も目前です。
美術療法士のサビーナは、ミラノの隣町ベルガモの国立美術アカデミーを卒業後、3年間パヴィアにてArte Terapia(美術療法)の専門教育を受けてきました。その後、こちらの共同体にて十数年、精神疾患の入居者達のセラピーを続けています。
今回、アートセラピーの一貫として壁画プロジェクトを実施するに当たり、サビーナの最初の意図は、入居者との「対話」でした。最終的にパブリックな作品に仕上げるために、入居者とオペレーターが腹を割って話し、具体的な協働をする、そのプロセスがポジティブな経験をもたらすだろうと考えたのです。
また、身体を使って描く体験や記憶、最終的にプロジェクトを終える達成感は、今後の人生の中で何かを成し遂げるときの糧になるはずだと話します。
今年の前半に制作された壁画は、この秋10月の共同体オープンデイの日に一般公開され、メイキングのビデオも上映されました。この日のレポートは以下のリンクから写真と共に見ることができます。
その後、隣町にある中年層の精神疾患者共同体である"Comunità Villa Gatta"も訪問、入居者達との懇談会も実現しました。突然の日本人来訪に皆さん興味津々で、様々な質問を投げかけられました。日本の精神障害の状況や、"Hikikomori ひきこもり"について等。「日本は一度失敗したり転がり落ちると、這い上がれない社会だというのは本当か」と聞かれた時は返答に戸惑いました。
イタリアでは依存症で入居している人も多く、その意味でも、町中に入居すべき人が沢山いて、患者と一般者のボーダーラインは薄いと話す中年男性も。入居者達は、精神疾患について自覚的。積極的に意見交換する姿が見られました。
また、グループホームの部屋へも住人達が案内してくれました。精神疾患では、まず身体や身の回りを清潔に保つことが生活訓練の基本。精神が不安定になると、まずシャワーを浴びることが億劫になり、片付けも怠りがちになるとのこと。朝起きて、身支度をして、仕事をして、買物して、料理して、食事して、片付けをして寝る、という自立生活に欠かせない行為は、エネルギーと労力が要ることだと改めて気付かされました。
最終的に「日常生活を送ること」「地域社会に暮らすこと」が治療と訓練の目標です。
今回の入居者やオペレーター達との交流を通じて、改めて「人として生きること」について考えさせられました。地域で多様な人々が生活するためには、その包摂力が試されます。
また、アートを始めとする「表現」によるコミュニケーションが、精神の自由に大きな効果をもたらすことも目の当たりにしました。
イタリア地域精神医療、南北の自治体によってかなり格差があるとはいえ、「地域の受容力」から学ぶことは大きいと感じます。
参考リンク:
OPEN DAY 2019 壁画プロジェクトプレゼンテーションの様子
MANI associazione ARTE TERAPIA
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